02性転換を可能にする脳内メカニズムの解明
担当:大久保
魚類の中には、それまでの性別を捨て、新しい性別を選択するいわゆる「性転換」を行う種が数多く存在します。また、メダカのような通常は性転換を行わない魚種でも、性ステロイドホルモンやその合成阻害剤などを投与することで、簡単に性転換してしまいます。性転換の際には、体のつくりをメス型からオス型に、あるいはオス型からメス型に作り替えるだけでなく、行動や性指向もメス型からオス型に、あるいはオス型からメス型に変わります。つまり、性転換に伴って、「脳の性別」が逆転するわけです。これらのことは、自然条件下で性転換する種かしない種かに関わらず、魚類の脳は生涯にわたって「性的な可逆性」を保持していて、その性を逆転させる能力を備えていることを意味しています。生きている途中で(大人になってからも)脳の性別が変わるというのは、私たち人間を含めた魚以外の脊椎動物ではまずない話ですし、魚類の脳に備わっているこの能力が、性転換を可能にしている要因の一つであることは間違いありません。魚類の脳にみられるこのような性的可逆性については古くから多くの関心が寄せられてきましたが、そのメカニズムの実体は明らかとなっていません。そこで当研究室では、やはりメダカを実験材料に用いて、このメカニズムを明らかにすることを目指して研究を進めています。
その過程で最近、メダカの脳内の配偶行動に関わる領域に、メスにしか存在しない「性ステロイドホルモンに応答して種々の脳内ホルモンを合成する特殊なニューロン(FeSPニューロンと命名)」を見出しました。メス型の性指向や配偶行動(求愛の受け入れ)が現れるのに重要な役割を担う女性ホルモン受容体Esr2bと脳内ホルモンNpbaも(研究内容01参照)、このメス限定のニューロンで合成されていました。また、このニューロンの有無は、体内の女性ホルモンと男性ホルモンの量的バランスによって決まること、そして、そのバランスが変われば、このニューロンはメスでも消失し、オスにも新たに出現することを見出しました。これらのことから、このFeSPニューロンこそが、魚類で性転換を可能としている脳内メカニズムの本体であるとの作業仮説のもと、現在も研究を進めています。得られる成果は、魚類にとどまらず、人間を含めた動物の性別の確かさや揺らぎやすさを決める生理メカニズムを理解することにもつながると期待されます。